日本動物実験代替法学会第36回大会 参加報告

2023年11月27日(月)~29日(水)、千葉大学 西千葉キャンパスにおいて開催された日本動物実験代替法学会の年次大会に参加しました。大会テーマは「動物実験代替法の終わりなき挑戦」。主催者によると約690名の参加があり、過去最多であったとのことです。聴講した中からいくつかご報告します。

<シンポジウム> 医療機器分野における動物実験代替法の開発状況と今後の展望

冒頭に座長より、「この学会で医療機器について本格的にやるのは初めて。そのため、国立医薬品食品衛生研究所の方たちに発表をお願いした。医療機器の動物実験では、安全性、有効性・機能性、医師のトレーニングがある。初回なので今日のテーマは安全性とした」とこのシンポジウム開催の目的について説明があり、同研究所の6名から発表がなされた。

医療機器の承認申請に求められる生物学的安全性評価について、この評価の基本的な手順や考え方を記した国内ガイダンスとしては、「医療機器の製造販売承認等に必要な生物学的安全性評価の基本的な考え方についての改正について」(薬生機審発0106第1号)があり、国際標準としては、ISO10993シリーズがあって、細胞毒性、刺激性、感作性といった評価はすべて生体に接触する医療機器に義務付けられているとの説明があった。
このISO(国際標準化機構)でも、動物実験代替法の開発・標準化が強く求められており、OECD(経済協力開発機構)等で採用された方法等も参考にしながら進められている。しかし、OECDの試験法はすべて化学物質の評価法であり、医療機器用に適用させるための改変が必要といった課題があることも示された。
たとえば、医療機器や原材料の評価では化学物質と異なり、極性(生理食塩水など)と非極性(ゴマ油などの植物油)の溶媒抽出液を試験液として用いる必要があることから、リスクを有する物質の濃度が低くなることを考慮して試験法を構築しないといけないという。それを考慮したin vitro(いわゆる代替法)での刺激性や感作性等の試験法開発に関する報告などがなされた。
ちなみに、抽出液の調整にゴマ油を使う理由を演者の一人に尋ねたところ、科学的根拠はなく、ずっと刺激性試験にはゴマ油、皮膚感作性にはオリーブオイルを使ってきていて、世界的にそうなっているそうだ。

また、演者の山本栄一氏からは「人工心臓の埋植試験では体重がヒトに近いことからヤギを使う。ヒトに医療機器を埋め込むと体が変化する。動物実験のデータはヒトに100%は反映できない。ヒトのバイタルサインの解析などをして、ヒトデータの評価装置を作ったほうがいい」と種差に関する問題指摘もあった。

<シンポジウム> デバイス技術の活用による動物実験代替法の新展開

高機能細胞デバイスを用いた生体模倣システム「Microphysiological System(MPS)」は、代替法としての大きな可能性を注目されており、このシンポジウムでは、5名から発表があった。大沼清氏(長岡技術科学大学 物質生物工学系)の「汎用 MPS を目指して: 重力駆動・電動アシスト式マイクロ流路によるヒト iPS 細胞の培養」と題した研究は、「使いやすさ」に着目したもので興味深かった。
高性能MPSの研究開発が盛んに行われているが、ユーザー視点では、簡単に扱えることや一度に複数の条件を検査できることのほうが重要で、大沼氏らは高性能ではないものの、市販の培養皿と同じくらい手軽に使える汎用MPSを目指しているということだ。
そこで、高性能MPSで多用されるポンプやチューブを使わず、簡単に複数のテストも可能な重力駆動システムに注目。しかし、重力駆動システムは培地の流れが徐々に遅くなり、1日以内に止まってしまうという大きな欠点があるとのこと。この欠点克服のため、ゆっくりと傾く傾斜台を組み合わせたものを開発し、これにより3日くらいにわたり安定して送液でき、ヒトiPS細胞を培養できたということだ。傾斜台を置くだけでよいので、いくらでも数を増やせ、扱いやすく、導入コストも安価というメリットがあるという。この研究はシンプルでありながら重要な点に着目していると感じた。

<シンポジウム> 各業界における動物実験代替法利用の進展と最新の取り組み

各業界の取り組みとして、医薬分野からは、MPSとAIの活用や、動物実験の削減が期待できるウイルスの遺伝情報のみで開発することが可能なDNAワクチンの研究について発表があった。また化粧品分野からは、代替法が確立されていない全身毒性試験の課題などについて発表があった。
ユニークだったのが、竹内昌治氏(東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻/東京大学生産技術研究所)からの「培養肉」の発表であった。培養肉とは、動物の細胞を体外で組織培養することによって作られた肉のことで、畜産動物を飼育するより地球環境への負荷が低いことなどの利点があるため、食肉に替わるものとして期待されている。同氏の研究グループで行われている、肉本来の食感を持つステーキ肉を培養肉で実現すべく、筋組織の立体構造を体外で作製する研究について発表がなされ、これが動物実験代替法にも適応できるのではないかとの期待が述べられた。

<ランチョンセミナー> In vivo 発熱性物質試験代替法としての MAT 法を取り巻く国際動向と日本の取組み

体内で体温を上昇させる物質「発熱性物質」の有無をウサギを使って判定する発熱性物質試験。足利太可雄氏(国立医薬品食品衛生研究所)の発表によると、2013年、欧州薬局方(EP)では、in vitroの単球活性化試験(MAT)が収載され、これがウサギを用いる試験の代替法として認められていて、欧州は、2025年末までにウサギの試験をやめ、薬局方からの削除を目指しているとのこと。
この動きは広まっていて、インドも収載済みで、ブラジルも前向きに取り組んでいる、アメリカはまだ課題ありという見方もあり、中国ではウサギを用いる試験の補助としてMATが使われているといった諸外国の現状説明があった。日本でも薬局方へのMATの収載が検討されているが時間がかかるという。演者に収載時期について尋ねたところ、個人的には2026年を目指しているとのことであった。

<ランチョンセミナー> WC12 Canada 参加報告(パネル討論)

8月にカナダで開催された国際動物実験代替法会議(World Congress on Alternatives and Animal Use in the Life Sciences)の第12回大会(WC12)に参加した研究者たちが、簡単な報告や感想をコメントする形で行われた。
40か国から800名以上が参加し、日本からは20数名が参加したとのこと。60以上のセッションがあり、MPSの発表が最も多かったそう。「Next Generation Educationという若手の教育のセッションもあって、それを会期中ずっとやっているのは凄いと思った」といった感想が聞かれた。一方で、「愛護に偏っていた」「Replacement(動物を用いない方法への置き換え)ありきだった」「抗体培養に用いる動物由来の材料まで植物由来に変える研究もあった」など「極端だ」と言いたげな感想が複数から聞かれた。しかし、これが世界の潮流であり、それを「偏っている」と感じる日本の参加者の感覚が遅れていることに気づいてもらいたいものだ。

<特別講演> 動物実験を廃絶するための最も合理的だが長期的な戦略

退職を翌年に控える樋坂章博氏(千葉大学大学院薬学研究院 臨床薬理学研究室)の記念講演のようなものであった。タイトルから、動物実験廃絶のための具体的な策が紹介されるのだろうと期待したが、そうではなく、最近のMPSやiPS細胞を用いた研究などに対して、その発展や技術の進歩などから代替法の実現に期待が高まっているが、「まだ現実離れした期待が多く、もっと合理的思考が必要」と苦言を呈するものであった。
最初は時代遅れな考えを持つ人なのかと思ったが、この講演を聴いて、そうではないことに気づいた。
「予測を正確にするには、生体内のどこで何が起きているかを正確に調べ、それを再現する精密なモデルを構築する以外に方法はない。天気予報の精度向上を考えるとよくわかる。50年以上にわたる地道な技術の積み重ねがあった」と述べ、「きちんとデータを集めれば、ヒトの消化管モデルはできる。これが動物実験の廃絶につながる。10年、20年後にはきちんと予測できるようになると思う。でも、そういった人がいない」「最後、結果が合うからよしではなく、途中のデータ1つ1つをきちんと合わせないといけない」といった研究の基礎を大切にし、初心を忘れてはいけない、それが結果的に成果につながり、動物実験の廃絶にもつながるというまっとうな主張であると感じた。
他の研究者からも研究において都合のいいデータだけ使う、都合よく変えるといったことはよく行われることだと聞いた。そういった問題があるからこそ、樋坂氏は後輩たちに強く伝えたかったのだと思う。


研究発表は専門的で難解なものばかりではありますが、代替法の現状や課題を知ることができ、その進歩を感じることもできます。大会はどなたでも参加可能で、2024年は11月29日~12月1日に宇都宮で開催されます。

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