3Rsの実効性確保と実験動物の福祉向上
3Rsの実効性確保と実験動物の福祉向上
進む世界と遅れる日本
日本では現在3度目の動物の愛護及び管理に関する法律(以下、動物愛護法)の改正に向けた動きが加速しています。今回の焦点はもっぱらペットショップ規制だといわれていますが、動物実験に関しても「実験動物繁殖業者の動物取扱業への追加」「実験動物施設の届出制または登録制の導入」「代替法3Rsの実効性確保」などが課題として挙がっています。一方、昨年来、3Rsや実験動物の福祉向上を巡っていくつもの国際的に大きな動きがありました。
OIE “実験動物福祉綱領” 施行
家畜など動物の国際的な安全基準を決める機関であるOIEは2010年5月、国際標準としていわゆる“実験動物福祉綱領”(Use of animals in research and education)を制定しました。3Rsの実践を筆頭に、監視の枠組み、動物実験従事者の訓練、獣医学的ケアの整備、実験動物の供給、実験施設と環境条件(換気、温湿度、照明、騒音等)、飼育飼養(輸送、ケージ、エンリッチメント、給餌給水等)など項目が細かく分かれています。数値こそ示されていないものの、現在の欧米の標準に準拠していると考えられ、これが日本を含むすべての加盟各国に適用されることになります。OIEの定める国際標準に違反した場合、OIEは当該国をWTOへ提訴することが可能です。つまり、違反が発覚して提訴されるようなことがあれば、実験動物の輸出入取引にも響するほど厳しいものだといえます。「経済制裁を避けよう」という動機が、実験動物の福祉につながるというわけです。
OIE:国際獣疫事務局(L’Office International des Epizooties)
1924年設立。別名世界動物保健機関(World Organization for Animal Health)。本部パリ。現在世界178か国・地域が参加。WTO(世界貿易機構)から参考機関として認定されている。口蹄疫の殺処分はOIEの勧告に基づくもの。
EU実験動物保護法の改訂
2010年9月「EU、動物実験を大幅制限 霊長類の使用は原則禁止」とのニュースが流れました。これは1986年に制定されたDirective 86/609/EEC(いわゆるEU実験動物保護法)の改訂によるもの。旧指令は加盟各国での法制化が義務付けられていませんでしたが、今回は加盟各国に法制化を義務付けるようDirective 2010/63/EUとして改訂されました。
類人猿の動物実験禁止/霊長類実験の規制強化などが主な改訂点ですが、「生きた動物の使用を伴わない方法に切り替えるのが望ましいことであるが、人間、動物の健康および環境を守るためにはいまなお動物実験は必要である。しかしながらこの指令は、科学的に可能であればすぐにでも科学的及び教育的目的の動物利用を完全に代替するという究極の目標達成に向けての重要なステップを意味している」との前文は注目に値します。
CIOMS動物実験国際指針改訂案決定
人間にとっての医科学の研究推進を目的とするCIOMSが1985年に発表した「動物を対象とする生物学研究のための国際指針」は世界の動物実験界に大きな影響を与えました。この指針の改訂原案がICLAS(International Council for Laboratory Animal Science)によって2010年11月にまとめられました。そこには次のような注目すべき記述があります。
・ 「人道的な敬意を払う」という道徳上の義務を見失ってはならない
・ 人間に痛みを引き起こす処置はほかの脊椎動物に痛みを引き起こす
・ (動物の苦しみが酷い場合には)動物を安楽死させるべきである
CIOMS:国際医科学団体協議会(Council for International Organizations of Medical Sciences)
WHO(世界保健機構)とユネスコとの協賛により1949年設立。本部ジュネーブ。各国の医学関連団体、研究グループ、行政機関など現在55の組織が加入。
ILARガイドブック第8版発行
実験動物分野の国際的参考書として最も需要の高いILARの「実験動物の福祉と利用に関するガイドブック」は、アメリカで動物愛護運動が最も盛んだった1962年に第1版が発行された後、コンスタントに改訂が繰り返され、2010年12月、旧版から14年を経て第8版が発行されました。飼育方法や飼育環境、疾病予防や安楽死などの獣医学的管理、緊急災害時の対応等、事細かに規程。今回の主な改訂点としては、3Rsの実践を根幹としたこと、霊長類の集団的飼育の推奨や水生動物についての記載の追加などが挙げられます。第三者認証機関であるAAALAC(国際実験動物管理公認協会)も動物実験施設認証評価基準にこのガイドを使用しています。
ILAR:米国実験動物研究協会(Institute for Laboratory Animal Research)
このように国際社会では、動物実験に対する監視の目がますます厳しくなってきています。
一方、日本はどうでしょうか。2005年の動物愛護法改正でようやく3Rのすべてが盛り込まれたものの、翌年に日本学術会議が出した「動物実験の適正な実施に向けたガイドライン」は、動物実験の削減や縮小、廃止に向けたものではなく、研究者自らの手で動物実験という“聖域”を守ろうという動機に基づいて準備されてきたものでした。このガイドラインに基づいて、文部科学省(大学関係)、厚生労働省(製薬等企業)、農林水産省(畜産関連研究所等)の3つの所管省が別々に動物実験の実施に関する指針を設定しましたが、罰則もなければ強制力もありません。さらには鳴り物入りで始まった「第三者評価制度」については、JAVAは2008年当時「動物実験の削減・廃止につながるものではない」と警鐘を鳴らしましたが、「第三者」とは名ばかりで事実上は仲間内による“自主管理”であることを研究者自ら認めているのです。今、この身内で作った甘い制度を標準化させてしまおうとする動きがあります。
2010年10月には、法改正の動きに対し、日本実験動物学会、国立大学法人動物実験施設協議会(国動協)、日本実験動物協会(日動協)などの動物実験関連12団体はこぞって実験動物繁殖業者の取扱業への追加や登録制・届出制の導入に反対する要望書を政府に提出しました。国や社会の監視の目が入ることにすら抵抗して、国際的な流れに向き合おうとせず、より堅固な動物実験要塞を作ろうと巧妙に動き回る研究者たちを止めなければ、3Rsの実践も実験動物の福祉の向上も、実現することなど到底できません。
(JAVA NEWS NO.86より)