代替法学会第26回大会報告
日本動物実験代替法学会第26回大会報告
大会テーマは「動物実験代替法の基礎科学と新展開」
2013年12月19日(木)~21日(土) 京都テルサ(京都市)にて
第26回目の大会は、大阪歯科大学准教授の今井弘一氏を大会長に迎え、京都にて開催された。大会テーマは、「動物実験代替法の基礎科学と新展開」。ナノテクノロジーやiPSといった比較的新しい分野から、化粧品、創薬、化学物質など常にテーマとされてきた分野まで様々な研究発表が行われた。また、初めての試みとして、日本動物実験代替法学会の英文学会機関誌「AATEX」のワークショップが企画された。興味深かった発表をいくつか紹介する。
ナノ材料のために増える動物実験
「ナノ」といった言葉を耳にしたことはあるだろう。ナノテクノロジーとは、ナノメートル(10億分の1ミリメートル)といった原子や分子のレベルで物質を制御する技術で、1950年代から始まったと考えられている。米国が2000年に国家戦略として研究する分野に定めたことから活発化された。
現在、この技術はエネルギー、医療、IT、材料など様々な分野で研究利用がされている。私たちに身近なところでは車、携帯電話、化粧品、食品、繊維などがあるが、例えば、“細胞と細胞の間を通ることができるよう成分をナノサイズ化した美容液”といったものがわかりやすいだろう。しかし、サイズを小さくするだけの技術ではないうえ、知らぬ間に利用された製品は増えているのに、安全性に関しては以前から懸念する声がある。
今回の代替法学会でも、ナノに関する発表が5件あったが、現在は、ナノ材料よりも小さいサブナノマテリアルまでが開発実用化されているそうだ。だが、まだまだデータがないため、動物実験をやらざるを得ない、という言葉を複数の研究者から聞いた。ナノ物質を、麻酔をかけたラットの気管内に注入する、マウスの尾の静脈に注射して投与する、さらには試験物質の心への影響をみる「こころの安全科学」と銘うった行動実験までも行われていた。迷路試験やワイヤーハング試験(金網にしがみつかせて落ちるまでの時間を計る)といったものである。それらに対して、代替法学会に所属していない研究者のみならず学会役員の研究者からも、代替法学会の大会であるにも関わらず、動物実験を行いその報告になっていることについて謝罪が述べられた。そして、そのことに対して、使用した動物数は最低限であったことや将来的に動物の犠牲をなくしたい、といた説明がなされた。しかし、いかに弁明しようが、私たちからすれば言い訳にしか聞こえない。動物実験のデータを少しでも必要とするスタンスでいては、動物実験代替法の飛躍的な発展などありえはしないだろう。代替法学会には180度転換するような思考を強く望む。
化粧品業界の皆さん、代替法開発がアリバイの時代は終わりました
動物実験代替法の誕生は、1970年代から盛り上がった化粧品の動物実験反対運動がきっかけだ。だから、国際的にみて代替法研究は化粧品業界がリードしてきたと言ってもいい。日本の代替法学会でも毎年化粧品企業の研究発表が多くのシェアを占めるが、今大会でも化粧品業界の取組についてシンポジウムが開かれ、資生堂、ロレアル、P&G各社の取組が発表された。資生堂は、動物実験廃止に踏み切るために代替法による独自の安全性保証体制を確立させたが、その取組について具体的に報告があった。動物実験廃止に及び腰な化粧品大手各社にとってはよいケーススタディになったはずだが、各社がこの報告を真摯に受け止め自社内でフィードバックしていくことを期待したい。ロレアルは化粧品シェア世界一、P&Gは日用品シェア世界一。代替法開発をけん引するのは当然といえば当然である。世界の化粧品業界における代替法開発のリーダーシップについて喧伝するロレアルに、質疑では「傘下に収めているザ・ボディショップのキャンペーンの甲斐あって日本でも化粧品の動物実験反対の機運が高まってきた。ぜひロレアルグループ全体で廃止を決断してほしい」と迫ると「うちではやっておりませんので…」とたじろぐ発表者。公の場で噓はいけない。
ところで、この四半世紀近くにわたって粛々と進められてきた代替法開発、国に対して企業が承認申請する場面でも、2006年7月には「公的に認められた代替法なら動物実験の代わりに用いても差支えない」とされ、2011年2月にはJaCVAM(日本動物実験代替法評価センター)のウェブサイトに掲載されている情報の活用促進が謳われ、2012年4月26日以降4つの代替試験法について「ガイダンス」という名の手引書が示されてきた。つまり「代替法があるものは、動物実験ではなく代替法を用いるように」という厚生労働省の意向が、「事務連絡」という形で時期を追うごとに強く示されてきたのだが、では、これによって、動物実験は減り、代替法による申請が増えているのだろうか?この点について、日本化粧品工業連合会に加盟する企業に対してアンケート調査が行われているとの報告があった。この結果についてまもなく公表されるとみられているが、「動物実験を代替せよ」との命を、業界がどこまで本気で受け止めているのかに注目していくつもりだ。まさかとは思うが、ここまで行政側から手取り足取りのガイドを受けながら、代替法による申請が増えていなかったとしたら、化粧品業界は「無用な動物実験」を平然と続けていることになる。
動物実験反対団体が動物の福祉を遅らせている?
「実験動物福祉」をテーマに、1日目にはシンポジウムが、2日目にはランチョンセミナーが、3日目には市民公開講座が開かれた。黒澤努元学会長が主導したこれら3つの企画に共通していた裏テーマは「動物権利擁護団体が実験動物福祉の向上を遅らせている」というものだった。「実験動物福祉とは、動物実験の必要性を理解している科学者の中から出てきた取組であるから、動物実験そのものに反対する活動家が、実験動物福祉や代替法3Rの考え方を広めるのはおかしい」という“縄張り争い”に始まり、「2012年の動物愛護法改正で、実験動物福祉や3Rの向上が置き去りにされたのは、偏った動物実験反対団体がそれを主張したから(いらぬ反発を受けて改正に結びつかなかったから)だ」という責任転嫁まで行われた。ここではっきりさせておきたいのは、①3Rという原則は「すべての実験動物を代替する」という最終的なゴールにたどり着くまでの過渡的な指標であってそれ自体で完結ではない、②先の法改正で実験動物福祉や3Rなど動物実験にまつわる項目が手つかずとなったのは「動物実験、実験動物に関することはすべて自主管理でやるから何も改正してくれるな」という動物実験実施者サイドの強力なロビーイングによるものだった、ということである。ミスリードも甚だしい。
シンポジウムでは、EUの演者が“Ultimate goal is to replace the use of animals(最終的なゴールは動物の使用を置き換えることだ)”と明言したのを受けて、座長や日本の演者に「3Rを標榜する立場で目指すべき最終的なゴールはどこか」と問うたが、明確な回答は返ってこなかった。残念なことに、この「最終的なゴール」を見据えることができていない研究者が代替法学会の中にもたくさんいる。これでは「動物実験をやりやすくするために3Rを隠れ蓑にしている」といわれても仕方がない。発端に「倫理」が介在する代替法学会は、科学界全体を人道的にリードする使命を帯びているともいえる。5年10年という近視眼的なスケールで物事をみるのではなく、大局的な視野に立って科学の在り方をとらえ、数十年先を見据えて適切な進路をとる研究者が増えることを願い、叱咤激励としたい。