「ヒトiPS細胞を利用した安全性薬理試験法の実現にむけて」聴講報告

第11回医薬品レギュラトリーサイエンスフォーラム
「ヒトiPS細胞を利用した安全性薬理試験法の実現にむけて」聴講報告

2014年12月9日(火) /日本薬学会長井記念館(東京)

ひとつの新薬の開発には10年を超える期間と、一千億に届くほどの資金と、膨大な数の実験動物たちの犠牲が伴っています。人間のための薬を作るために、ヒトiPS細胞を利用することは、科学的にも倫理的にも最良の道であるように思われますが、最新の研究はどのようになっているのでしょうか。
日本薬学会レギュラトリーサイエンス部会によるフォーラムでの、いくつかの発表を報告します。

ヒトiPS細胞が2007年に樹立されてから8年が経ち、再生医療、病気の解明のみならず新薬の開発にも実用できるのではないかという関心が高まっている。
新薬は、まず薬となりえる成分の発見から始まり、候補として適しているか等必要な基礎研究が2~3年行われる。次の段階では、その有効性や安全性を確認するために、以下のような非臨床試験にて3~5年の間様々な試験が行われ、そこで多数の動物が使われる。

  • 薬効薬理試験
  • 安全性薬理試験
  • 薬物動態試験 (薬が体内に取り込まれ、様々な器官を通り排出されるまでの影響)
  • 毒性試験 (一般・特殊)

これらに合格すれば人への臨床試験にすすみ、さらに3~7年の試験が行われるが、開発が中止に追い込まれたり、あるいは市販までこぎつけたものの撤退せざるを得なくなる場合が非常に多い。その原因の大半が、後になってから毒性が強いとわかることにあるという。

今回のフォーラムでは、約半分が国立医薬品食品衛生研究所薬理部からの発表だった。この機関では、医薬品、食品添加物、家庭用品に使用される化学物質の作用を研究している。

同研究所薬理部長である関野祐子氏がはじめに総括を述べた。「早い段階でヒト特異の有害作用を簡便かつ確実にスクリーニングできれば、医薬品の安全性が確保され、医薬品の開発コスト削減などの成果が期待できる」 さらに、ヒトiPS細胞にて試験を行うことについて、「動物実験の種差の問題を克服する」とした。2014年には、薬の副作用の研究にヒトiPSを利用することが国家プロジェクトとなり、そのためiPS細胞も実験手法も標準化が必須となり、産官学で安全性試験法の開発および実用化に向けた問題点を検証。心筋細胞は規格化されたものが入手可能になったことから、これを利用した試験法の標準化から着手したそうだ。

現在、安全性評価への応用が検討されている分化細胞は、【心筋細胞】【神経細胞】【肝実質細胞】とのことで、これらの研究について発表がされた。

【心筋細胞】
●医薬品の評価では、不整脈を起こさないことが重要になってくる。現在のICH(日米EU医薬品規制調和国際会議)のガイドライン試験では、全ての不整脈を拾えないこともあり、FDA(米国食品医薬品局)から2013年に改訂等が提案されている。FDA 内の改訂推進派により結成された Comprehensive in vitro Proarrythmia Assay(CiPA)と共に、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた医薬品の催不整脈予測性に関する検証をすすめている。(国立医薬品食品衛生研究所)

●心血管細胞の分化誘導法を開発、再生医療への応用や細胞モデルを構築している。心筋に加え内皮細胞、血管壁細胞の3種細胞を同時に誘導することに成功。細胞シートを作製して、ラット心筋梗塞モデルに移植したところ1ヵ月以上に亘る効率的細胞生着を確認した。心疾患に対してヒトiPS細胞由来の心血管系細胞を用いた次世代医療を行うためのベンチャー企業を立ち上げた。(京都大学)

【神経細胞】
●医薬品を含む種々の化学物質は、急性・慢性神経毒性や胎児・小児に対する発達神経毒性を引き起こす可能性がある。現在は主に実験動物を用いているが、生物種差、コスト、スループット(効率)、動物愛護の観点から多くの問題を有し、より効果的な代替試験法が必要である。効率的神経分化誘導法とin vitro(いわゆる代替法)安全性薬理試験を研究している。(国立病院機構大阪医療センター)

【肝実質細胞】
●代謝酵素誘導試験では、3ドナー以上のヒト初代培養肝細胞を用いることが求められる。しかしドナー間差や安定供給に問題があるため、細胞資源としてヒトiPS細胞由来肝細胞が注目されている。これを使った薬物誘導性評価試験の開発を、今年度よりスタートした厚生労働科学研究として取り組んでいる。(国立医薬品食品衛生研究所)

●分化に適した培養基材と培養液を組み合わせることで、効率的な分化誘導方法を構築した。特に培養液については、メチオニンという必須アミノ酸がヒトES/iPS細胞の生育に重要であることを発見、効率的分化を導いた。マウスES/iPS細胞が必須とするアミノ酸とは、違うものであることが判明した。(熊本大学)

ヒトiPS細胞への期待は大きい。それゆえに関係する動物実験も容認されがちな状況が生まれている。そういった状況だからこそ、私たちはそこに異議を唱えなければならない。

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