日本動物実験代替法学会第35回大会 参加報告
2022年11月18日(金)~20日(日)、静岡県立大学 草薙キャンパスにおいて、コロナ禍になってから初めてオンライン開催なしで、会場での開催のみという元通りの形で行われました。
大会テーマは「協働と強調で築く新たな時代の3Rs」。主催者発表によると、約580名の参加があったとのことです。聴講したものの中からいくつかご報告します。
- 3Rs:動物実験のRefinement(動物の苦痛の軽減)、Reduction(動物数の削減)、Replacement(動物を用いない代替法への置換)の国際原則
- in vivo:「生体内で」の意味。動物を用いた実験・試験
- in vitro:「試験管内で」の意味。細胞などを用いた実験・試験。
- in silico:「コンピューター内で」の意味。計算やデータ分析、シミュレーションなどを用いた評価手法
【シンポジウム】3Rs の原則に貢献するシミュレーションの戦略的活用
冒頭で、座長の尾上誠良氏(静岡県立大学)より、「我々は日々、3Rsに努めているが、in vitroだけでは難しい場合、特に体内動態の研究では様々な方法を組み合わせて工夫している。ここではin silicoを用いた研究について発表していただく」とこのシンポジウム開催の目的について説明がなされた。
山田幸平氏(静岡県立大学 薬学部 薬剤学分野)は、「新素材開発において、その用途で呼吸器への暴露が想定される場合には、開発素材に対して(動物を用いる)吸入毒性試験が実施される。この際、呼吸器内や血中に存在する被験物質の時間推移を予め把握できれば効率的な吸入毒性試験の実施が可能になり、実験動物数の削減に貢献できる」として、In silicoモデリングおよびシミュレーションの概要と被験物質を気道内投与した後の体内動態予測における活用事例を紹介した。
山崎浩史氏(昭和薬科大学 薬物動態学研究室)は、収集した一般化学物質の経口投与後ラット血中濃度推移データの文献・実測値を使って、仮想経口投与後の体内動態推移をin silico手法にて可視化する試みを紹介した。
上林敦氏(アステラス製薬(株)製剤研究所) からは、「錠剤やカプセル剤など医薬品の製剤を設計する際には、それをヒトに投与した時の吸収性能を予測する目的で動物実験が汎用されてきた。しかし、近年、製剤の吸収に多大な影響を及ぼす消化管生理学について、ヒトと動物は違いすぎることが明らかにされ、ヒトでの製剤性能を予測する上で動物実験は適切ではないとわかってきた」との説明があった。そして、同氏の研究グループが行ってきた、動物を使用せずに製剤からの薬物吸収をin silicoシミュレーションで予測するというアプローチについて発表がなされた。吸収の個体間変動や併用薬・食事が共存した場合の薬物吸収の変化も予測可能で、経口製剤開発に関連する多くの動物実験は、このin silico数理モデルアプローチに置き換えが可能であり、動物実験の削減に貢献できると考えられるとのこと。
会場から「食品にこの方法は使えるか?」との質問があり、「医薬品は決められた食事で調べている。今後、機能性食品などに使える可能性はある」と上林氏は回答した。
【パネルディスカッション】Context of Use から考える microphysiological system
【座長・モデレーター】※敬称略
石田誠一(崇城大学 生物生命学部)
伊藤晃成(千葉大学大学院 薬学研究院)
【パネリスト】※敬称略
小川久美子(国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 病理部)
齋藤和智(国際生命科学研究機構(ILSI Japan))
髙橋祐次(国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 毒性部)
山田隆志(国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 安全性予測評価部)
山田智也(住友化学(株)生物環境科学研究所)
まず、高機能細胞デバイスを用いた生体模倣モデルMicrophysiological System(MPS)の研究を行っているモデレーターの石田氏から、経済産業省のMPSのプロジェクトや海外企業によるMPSの販売状況といった国内外の現状について簡単な説明があった。そのあと、ヒトの病理、食品成分の体内動態、化学物質の暴露や安全性評価、農薬のリスク評価と様々な分野の専門家であるパネリストたちでMPSの活用(特に体内動態の評価方法として)の課題などがディスカッションされた。
この学会でのMPSに関するシンポジウムではMPSに期待する発表や意見が多いが、ここでは、どのパネリストもMPSは必要とその存在意義を認めつつも、「再現性が課題かも。どういったエンドポイントにおいて作るのかが大切」(小川氏)、「薬と異なり化学物質は溶けない物が多い。薬物動態との相性は良いと思うが、溶けない物をどうこのMPSで調べるか。投与量設定試験には使えそう」(髙橋氏)、「OECDのガイドライン全体ではなく、部分的に切り取ってMPSにできないか考えるといいかもしれない」(齋藤氏)など、活用できるところまでは至っていない、活用範囲は限定的といった意見が多かったように感じた。 石田氏も「ここで結論が出せるものではないので」と言っていたとおり、パネリストが意見を言うだけで終わったとの印象を受けたが、様々な分野の専門家から意見を聞くことでMPSの課題が浮き彫りになり、そこを解決していけばMPSの発展や実用化につなげられるので、その点で興味深い内容であった。
【シンポジウム】動物を用いない新たなリスク評価アプローチ法(Next Generation Risk Assessment)の開発 ~化粧品の全身毒性評価に向けて~
はじめに、座長の豊田明美氏(ポーラ化成工業(株))より、2013年のEUでの化粧品の動物実験禁止から10年、様々な代替法が開発されてきたが、全身毒性をみる反復投与などについてはまだまだで、議論して解決していきたいとこのシンポジウムの趣旨説明があった。
廣田衞彦氏((株)資生堂 ブランド価値開発研究所/日本化粧品工業連合会)は、「反復投与毒性や生殖毒性といった全身毒性の代替法がない。しかし、最近、in vitroやin silicoといった動物を用いない評価系New Approach Methodologies(NAMs)を組み合わせて総合的にリスク評価を試みるNew Generation Risk Assessment(NGRA)という概念がEUを中心に推進され、ICCR(化粧品規制協力国際会議)でも議論されており、将来的な行政利用が期待される」と述べた。その上で、「ただ、NGRAはこれまでの代替法と異なり、多くのNAMsが関わるため、どのような議論ができると行政利用が促進されるのか不明確な状況。NGRAは進んでいるように思えるが実は厳しい。OECDのガイドライン化は不可能なのではないか」「課題はNAMsの信頼性の求め具合。使っているソフトが異なるなど手法がバラバラ」との厳しい見方も示した。
山田隆志氏(国立医薬品食品衛生研究所 安全性予測評価部)も「NGRAは、化学物質のヒト安全性評価の信頼性が向上することが期待される」としながらも、不確実性がまだ多く、開発されたin vitroとin silico手法の検証やケーススタディによってその信頼性や規制上のニーズを満たすことを確認するNGRA全体の概念実証が求められると課題を呈した。
動物を用いた毒性試験を行っている髙橋祐次氏(国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 毒性部 動物管理室)からは、「in vivo全身毒性評価は、動物実験データからヒトの安全性を予測するが、ヒトの安全性データが入手可能な医薬品を除き、そこには常に“不確実性”が含まれる」「一方、NAMsによる全身毒性は、代替法を組み合わせて評価することが想定されるが、考慮しなければならないことは、多くの代替法アプローチは動物実験の再現性/相関性から感度/特異度パラダイムによって検証している点である。すなわち、代替法からの予測は『動物実験データ』であって『ヒトの安全性』ではないため、さらなる“不確実性”が含まれる」と動物実験、NAMs双方の問題指摘があった。
会場からも「ヒトの安全性を調べるためには、動物実験の代替法を作っていてはだめ」との意見が出たが、まったく同感である。今の代替法は動物実験のデータと比較して作られている点はJAVAも問題と感じている。
続けて髙橋氏は、「NAMsによる毒性評価の問題に対する戦略として、感度/特異度パラダイムによる代替法開発アプローチを見直し、直接的にヒトの安全性予測に資する『ヒト-in vitro評価系』の構築が必要であるが、多くの課題やその他検証が必要なことがあり、難しい」と述べた。しかし、難しいと言いつつも、「全く動物を使わないという理想のゴールを模索・研究し続けることが重要」とも述べ、動物実験者からこのような発言があったのは印象的であった。
研究発表は専門的で理解ができない内容も多いですが、今大会では、in silico分野の研究の進展や立ちはだかっている課題などを知ることができました。大会はどなたでも参加でき、2023年は11月27日~29日に千葉大学 西千葉キャンパスで開催されます。