医師の手技セミナーで生きたブタから肺を切除
医師が胸腔鏡操作技術を学ぶセミナーにおいて、生きたブタから両肺を切除するという非常に残酷な実習が行われていることがわかり、JAVAはこのセミナーを共催する学会に廃止を要望しました。
ブタの両肺を切除したのち殺す実習
一般社団法人日本呼吸器外科学会(以下、呼吸器外科学会)が2つの企業と共催する医師を対象にした「呼吸器外科胸腔鏡教育セミナー」において、生きたブタを用いて両肺を摘出し、最終的にブタを殺す実習があるとの情報を学会関係者の方より得ました。
受講者2名につき1頭のブタが割り当てられ、30名ほどの受講者がいることから、各回15頭ものブタを犠牲にするこの実習は、これまで少なくとも24回開催されています。
教育界でも脱動物実験の動き
動物実験からの脱却の流れは、化粧品や食品をはじめとした産業界に留まらず、教育分野においても広まってきています。従来動物実験が必要不可欠と考えられていた大学の獣医学部や医学部においても、「動物を殺す非人道的な教育を拒否する権利」を多くの学生たちが主張し始めた結果、欧米では、動物実験を廃止して代替法を用いる学校が増えてきています。英国では8校あるすべての獣医学校において動物を犠牲にする授業がありませんし、米国でも代替法を選択して卒業できる獣医学校が多数あります。また、米国とカナダにある211の医学校すべてにおいて、生きた動物を用いる授業がなくなりました。
日本においても、たとえば奈良県立医科大学は、JAVAの指摘を受けて、医学生のカリキュラムで行っていたすべての動物の解剖実習やその他複数の動物を用いる実習を廃止しました。
さらに気管内挿管をはじめとした医師の手技訓練についても、子猫やフェレット、ブタなどを用いていた方法を廃止し、コンピューターシミュレーションなどに切り替える大学や医療センターが欧米では増えています。
代替法のほうが知識や技術が身につく
体の構造や仕組みを学んだり、医療手技の訓練を行う方法には、動物の生体や死体を用いる以外にも、コンピューターシミュレーション、動画、精巧な3D模型など様々あります。そのような代替法を使用すれば、たとえば手技の過程を何回でも繰り返すことができ、また一人一人が自分のペースで行うことができるなど、多くのメリットがあります。つまり、動物を犠牲にしないだけでなく、学習効果の観点からも動物を用いた方法から代替法に転換すべきなのです。
このセミナーでは、そもそも実習は不要
この呼吸器外科胸腔鏡教育セミナーの場合、受講者はすでに医師免許を有する医師であるだけでなく外科専門医であり、受講条件は「5年以上の臨床経験を有すること」となっています。外科専門医たちが呼吸器外科専門医の認定を受けるための申請をするには、この呼吸器外科胸腔鏡教育セミナーの受講が必要条件となっているのです。ただ、申請には「術者として60例以上、助手として120例以上の手術経験」が必須であり、つまり、セミナーを受講するのは相当豊富な臨床経験を持っている医師ばかりということです。医学生や若手医師たち以上に、動物を用いた実習を行う必要性はないはずです。
動物実験計画書が存在しない?
このような熟練した医師たちが呼吸器外科専門医の認定を受けるにあたって、あらためて実習をさせる必要はないばかりか、ましてや患者とは全く異なる動物を使って正しい手技が学べるとは到底思えません。3Rの原則に反し、不必要な苦痛を動物に味わわせ、動物の命を奪っていることに他ならないのです。
しかも、この学会では、動物実験を行う機関に求められる動物実験の実施規程やそれに基づく動物実験計画の立案、動物実験委員会による審査等の仕組み、情報公開がされている形跡がないのです。仮にそれらを実行しているのであれば、3Rの努力もみられない動物実験が審査を通り、承認されていることになり、それは呼吸器外科学会の動物実験委員会が機能していない証拠と言えます。
医師こそ、命を犠牲にする実習はやめるべき
臨床経験豊富な医師に対しても、技術レベルの確認を行うことを否定するつもりはありませんが、それは、痛みを伴わない方法であるのは勿論のこと、命やその尊厳を奪うことのない方法でのみ許される行為です。セミナーにおいて実習の実施が不可欠というのであれば、たとえば、受講者である医師が行う実際の手術の場に指導者が立ち会って監督・指導を行うといった方法も考えられるでしょう。その他、医療への貢献のために提供いただいた献体をありがたく使わせていただく方法もあるかと思います。最も生命を尊重すべき職業、立場である医師たちのセミナーにおいて、動物に苦痛や恐怖を与えたあげく命を奪うとは言語道断です。
学会はブタの使用をやめる気なし
2023年12月、JAVAは、呼吸器外科学会に次のこと強く要望しました。
- 呼吸器外科胸腔鏡教育セミナーにおいて、ブタをはじめ動物(生体・死体を問わず)を用いないこと。
- 呼吸器外科学会が主催や共催する「呼吸器外科手術手技アドバンストセミナー」や「サマースクール」をはじめ他のセミナーや企画等において動物(生体・死体を問わず)を用いないこと。
これに対し、同学会からの回答は下記のようにブタの使用をやめる考えはないというものでした。
理解に苦しむ学会の主張
回答には「肺癌などを根治する肺切除においては、肺動脈の損傷により手術中の死亡事故が稀ながら経験されます。専門医には実践的な教育が望まれるとの観点から」とセミナーにブタを用いる理由が述べてあります。稀に起こってしまう事故を極力なくすために実践的な教育が必要ということは理解するとしても、その教育においてブタを用いることについては、到底理解できません。豊富な臨床経験を持っている外科専門医でも起こしてしまう事故ということは、本当にわずかな操作ミスであるでしょう。それだけ繊細で精緻な実習が必要ということであるなら、それを種の異なる動物で行うことはあり得ないはずです。非常に高度な教育であるはずのこのセミナーにおいて動物を用いるということは、医療技術訓練としても適性を欠いていると言わざるを得ません。
学会からの回答には「代替的な教育方法が開発されるまでの過渡期的な教育」ともあり、これを前向きにとらえれば、未来永劫このブタを用いた方法を続けるのではなく、代替的な教育方法があればそれに転換する考えがあるものと受け止めることができます。しかし、その代替的な教育方法の開発・採用に向けて学会が率先して行動し、一刻も早く転換させる姿勢をみせないのであれば、これは単なるリップサービスに過ぎません。
「動物を使うセミナーをやめて」の声を
回答は到底納得のいくものではないことから、JAVAは、あらためて呼吸器外科学会に対し、ブタの使用廃止を要請しました。皆さまからも働きかけをお願いします!
【要望先】
一般社団法人日本呼吸器外科学会
理事長 吉野一郎殿
〒604-0835 京都府京都市中京区御池通高倉西入高宮町200 番地 千代田生命京都御池ビル3F
Eメール: jacs-office@jacsurg.gr.jp